賽は投げられた

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賽は投げられた

自閉症グレーの長男とまだ赤ちゃんの次男を抱えたすったもんだの日々を綴ります。

発達障害の疑い〜療育にいくまで②地域の親子教室

前回は、発達障害への疑いを書きましたがその続きです。

◆前回のお話し
risiko.hatenablog.com


仕事はやめた!これからはりょたとたっぷり過ごすんだ!と意気込んでいた私ですが、りょたにしてみれば、私は慰めたり、ご飯をくれる人だけど、遊び相手ではなかったのです。

いつも通り一人で遊び始めたりょたに何かと声をかけますが、りょたは無反応。
もしくは、「僕は今、これをしたいんだ!邪魔しないで!」とばかりに邪険にされる。


児童館に連れていけば、他のお母さんや、児童館員の人ばかりに絡みたがり、母は置いてけぼり。


私はすっかり母としての自信を無くしていました。


くわえて、人見知りが激しい私は、りょたが他のお母さんにどうぞどうぞと何度もおもちゃを渡す姿を見て、「すみません…」としか言えず。


出会うお母さんは、いい人ばかりでにこやかに対応してくれましたが、私はいたたまれなかったのです。

他の人と触れ合ういいきっかけだったにも関わらず、私の足は児童館から遠のき、誰もいないこじんまりとした公園でりょたと過ごす日が続きました。


それでも、他の人に気を使わない、りょたがこちらを少しでも見てくれる外での時間は、心地よかったです。


二人でサラサラと砂場で砂を触ったり、少し広い公園でただひたすら歩き回ったり。


二人っきりの狭い狭い世界でしたが、今思えば、私の宝物でした。



りょたは日に日に私に笑顔を向けることが増えましたが、同時に私が家事をしていると「なんなんなん!」と言って怒ることが増えました。


家事がままならないため、ダンナに相談し、リモコンに興味を持っていたりょた用にボタン式のおもちゃを上げました。


数字が並んだボタン。
押せば楽し気な音楽が流れるおもちゃにりょたはすっかり夢中になりました。

一日中離さず、ボタンを鳴らしては、大音量で音楽を聴く日々。
取り上げると大変。
地団駄を踏んで、暴れました。


そのころ、見続けていたテレビの時間を短くしていたので、無音の部屋の中の陽気な音楽だけが無限ループで流れるというシュールな日々が続きました。


何度もダンナがうるさいとごちっていました(苦笑)



そんな日々でも、児童館のイベントにはたまに顔を出すことがありました。
読みきかせ、わらべ歌を歌ったり、体操したり。
その全てにりょたは、興味をしましませんでした。

周りにあるおもちゃを一人で手に持ち、すみっこで遊ぶ日々。


『他の子は、楽しそうにしているのに…』


りょたへの違和感は増えるばかりでしたが、当時の私は何をどうしていいのかわからず、「療育」という言葉も調べてしっていましたがどうすればそれが受けられるのか、また受けた方がいいのか一人で悩み行動できずにいました。

ただ、一歳半検診の時に、心理士の先生に見てもらって、その時「3か月後にまた見せてください」と言われていたので、その日を迎えました。


心理士の先生は、りょたに一歳半検診の時と同じように
「これはなに?」と、犬のイラストを見せて、質問しました。

1歳9ヵ月のりょたはまたしても無視し、飽きて椅子から逃走・・・。


シートにひろげてあった他のおもちゃに向かって遊び始めました。


まだだめかーと思っていた私ですが、先生が微笑みながら言いました。


「りょたちゃん、一つのおもちゃに集中するようになりましたね。成長してますよ」


その言葉にホッしたのを覚えています。
でも、私の中で、発達障害への疑いはぬぐえず、他の子とは違うこと、癇癪が酷いことを相談しました。


すると、先生が保健師さんにお話ししてくれて地域で親子教室をやるから来ないかと誘われました。

ぜひと参加し、全6回。毎週行われる親子教室に参加しました。


内容は、保育士さんが何名かいて、週ごとに専門家の人が代わり、心理士の先生や、言語聴覚士の方もいました。
他には事務の人やらで、子供の人数よりも大人の人数が多かったです。


時間は1時間半。
その中で、親子で一緒に遊んだり、お返事をする練習をしたり、2回目以降は20分だけ子供から離れて、専門家の人から子供への関わり方のアドバイスを話してくれる時間がありました。
質問もでき、なぜ子供がこんなことをするのか説明してくれたりしていました。


療育に通った今からみれば、療育的なかかわり方が多い教室だったと思います。



同じ年代の子ばかりでしたが、りょたは少し目立った存在でした。
母の膝の上に座ることができなかったりょたは、最初の挨拶でエビぞり拒否。
みんなが落ち着いていく中でも、断固としてエビぞり拒否を最後まで続けていました・・(苦笑)

そして、みんなでシールを張ったりする時間も自分のペースでできない場合は、雄たけびを上げる。

何より、保育士さんや先生たちになつかず、事務の若いお兄さんが大好きで、飛行機をブーンをしてもらったり、お兄さんの持っていたアイパッドを狙ったり、ずーっとなついて遊んでいました。

課題遊びの時も、先生の言葉は拒否するのに、お兄さんが促すとやり始めるという大好きっぷり。
それはその後いく療育先でも見られるのですが、それは後ほど。

それでも、教室に通って少し変化が見られました。

①母の膝の上に、多少座るようになれたこと。
②私やダンナ以外でも手をつなぐことができたこと。
③嫌いな体操も、少しできたこと。

他の子みたいに、「はーい」なんて元気にお返事はできないけど、少しずつできることが増えたのはとても喜ばしいことでした。


でも、たった6回です。
1ヵ月半で終わってしまい、また私は元の生活に戻りました。


児童館へ行っても相変わらず、断固としてやらず、もとに戻ってしまったように見えたりょたに私は途方にまたくれました。


でも、りょたのために、少しでもイベントに行こうと躍起になり、りょたを連れ出していました。


とうとうりょたは、外に出ることを嫌がるようになってしまったのです。
大好きな電車に乗る以外は。


それでも、必死に、イベントに行ってはできないりょたにガッカリする日々。

ダンナの「無理して行くことはないよ。だって、つまんないからやらないんだろ?」という最もな意見も耳に届かず、りょたを無理やり外に出さす日々が続きました。



発達障害かも?でも、そうじゃないかも?
このままでいいのかな?本当に…



モヤモヤする日々に私は疲れきっていました。



そして、1歳半検診の時に見てもらった心理士の先生にまた見てもらう日がきました。

「親子教室がいい刺激になったんじゃないかしら。また集中していられる時間が増えましたね」

またそう言われましたが、今度は私の心に響かなかったです。
私の欲しい言葉じゃなかった。


「このままではよくないよ」ってむしろ言ってほしかったのです。

そうすれば、このモヤモヤから解放されると思ったから。



3回目の相談はどうしますか?と言われ、私は心配なので、相談させてくださいと予約を入れました。



モヤモヤした日々は続きます。
救いだったのが、近くの児童館。

ちょうどその頃、児童館が改装になり、地域のホールを借りて仮オープンしていました。
そのおかげか来る人数も少なく、事務所もなかったので、児童館員の人が積極的に子供にかかわってくれていました。

その一人のすらっとしたお姉さんがりょたは大好きで、いつもいつも遊んでもらっていました。


発達検査を受けた方がいいのかな…


そんな思いを抱えたまま、3回目の心理士の先生との相談の日のことです。


「また、集中している時間が増えましたね」


そうおっしゃってくれました。

もうここに来るのは意味がないのかな…と思った時、先生がパンフレットを差し出しました。


「療育って知っていますか?」


それは、区の福祉センターで行っている療育の案内でした。
発達検査を受け、それを受けて療育内容が変わるという案内。

ただ、通う場所が私の家から遠く電車とバスを乗り継いで2時間近くかかる場所でした。


「あくまで親御さんの希望にそいます。もし、行くを悩むようなら、また三か月後に相談でもいいですし、行くとなれば、ここで相談した内容も、ここのセンターへ伝えますから」


療育。発達検査。


私はその場で行くと伝えました。
そして、ダンナに相談もなく、すぐさまセンターへ電話し、予約をいれたのです。


あとで、これはダンナに怒られました。

「行くのは反対しない。でも事前に相談してもらってもよくない?」

「すみません…」

「りょたは、そこまでできないのかな…。俺、他の子を見る機会もあまりないからわからないけど」

「…………」

「俺が一番心配しているのは、りょた自身のことよりも、お前のことだよ」

「その…発達障害じゃないかって、気にしすぎて純粋にりょたを見れないんじゃないか?それに悩みすぎてお前自身がまいってしまわないか。それが心配だよ。りょたにとっても、お前がまいっちゃう方が問題だろ?」

「そうね…」

「まぁ、行ってみたらいいよ。大変だろうけど、協力はするから」

「ありがとう」



こうして、私は療育の一歩目を進み始めたのでした。



つづく




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