賽は投げられた

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賽は投げられた

自閉症グレーの長男とまだ赤ちゃんの次男を抱えたすったもんだの日々を綴ります。

2年目の療育が始まりました

昨日は、りょたの療育の日でした。
なので、幼稚園はお休み。


午後からの時間なのですが、なんせ行くのに1時間半もかかる!
早退させれば行けなくはないですが、りょたの体力を考え、お休みです。


2年目となった療育は、12回でおしまいで、これでセンターでの療育は卒業となります。


今回は、親子で参加ですが、来週からは親子で参加せず分離で、私はその間、私は専門家のひとたちから接し方の勉強をするようになります。


りょたは、勝手しったセンターにおおしゃぎ。
待機の場所にある滑り台をすべっては、床にごろごろ。
つみきを見つけては積んで遊んで、また走る。

走る。走る。走る!!


「ゆっくり歩こうね」の声も届かず、ものすごいはしゃぎっぷり。


おいおい。教室が始まる前に体力が0になるよ・・・。


そうとうテンションが上がりながらも、教室へ。


1年目からずっといる大好きな先生と対面し、恥ずかしがって私の後ろに隠れるりょた。
機嫌は最高潮。


幼稚園もこんなにすんなり行ってくれならな・・・と思いつつ、二人で中へ。



2年目の療育は、1年目の遊びがメインとは違って、1.○○するよーなど、子供たちにスケジュールが知らされ、工作タイムなどもあり、この時間はなにをやる。次は何をやるというのが決まっていました。

りょたも案外すんなり取り組め、一安心。


工作タイムには、のりで紙を貼るというものでしたが、のりが嫌いで何度か拒否された私はドキドキ。


なのに、あれ?のりを指につけてすんなり貼っている・・・・・

ええー!?


小さな驚きを感じつつ、右利きなはずなのに、出されたのりの場所が、左だったので、左手でつけるあたり、なんとまぁ、りょたらしいです。



その後は、大好きなトランポリンのお部屋に移動して、思いっきりジャンプ。


充実した表情のりょたでした。


幼稚園でも、こんな表情しているのかな?
そうしていればいいな。


2年目の療育は、1年目よりもずっとずっと成長を感じました。



帰りはバスの中で爆睡。

抱っこして帰るというおまけ付き(苦笑)


その日、早めに寝たりょたとそーぴーとともに、私も寝落ちしました。


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登園しぶり。

幼稚園に行きだして、8日。

りょたの登園しぶりがすごいです


通っている幼稚園は、歩いて5分。
まっすぐ歩いて右に曲がるという単純な道ですが、そのまっすぐ歩くというのができない。


当然だよね。
今までは、外出するといえば、電車をのりに行くのがメインで、時間もりょたが出かけたいと言って出かけるのがほとんど。

こんなにキッチリ同じ時間に同じ場所に行くことはなかったし、母もいない。

緊張しっぱなしの場所にいかなければならないなんて、苦行

分かってるんです。
分かっちゃいるんですが…


お着替えで逃走。
幼稚園の服を着ないとごねごね。


はけるようになった靴下&靴も履けない、キツイと玄関でごねごね。


しまいには、歩かないと号泣。


まだおんぶには早いと思ってましたので、エルゴの前抱きだったのですが、あまりにも泣くので、片腕に担ぎ上げました。


合計20キロ超。

おいおい、なんの修行だよ。

バランス悪すぎるだろ。


ご近所のおばちゃんに「あらあら!お母さん大変。僕、歩かないと」と言われる始末。

それでも、りょたは落ちるとごね、歩かず。そーぴーは寝だす。


カオスです。。


自転車があればいいのですが、そんな距離でもないし、なにより自転車がない我が家。


今は、そーぴーをおんぶし、りょたを抱っこ。


「もう、限界だ!」と言いおろすまで、抱っこです。


そんな日が3日続いたので、私もナーバスになっていました。


そして今日、ついにやっちゃったのです。


着替えにごね。なんとか着替えたものの、開けていた窓を触りだしたので、「出かけるから閉めるよ」と閉めたとたんに、りょた号泣。

「違う!違う!そうじゃない!」

窓を反対に閉めないでと叫ぶりょたをほっぽいて、玄関へ。


りょたは、泣きながらも玄関へきて、訴えます。違う違うと。


その時、少しでも窓に戻ってやればりょたも落ち着いたかもしれないものの、イライラしていた私は靴を無理やりはかせました。

泣いて嫌がるりょたについにプッチン。

ドンと無言で、そばの壁を叩いてしまったのです。


静まり返るりょた。
そして泣き崩れるりょた。



あー…やっちゃった……



幼稚園はストレスだから、なるべく朝は心地よく送り出そうと決めていたのに。


ぶち壊しです。


抱っこで送りました。


そして、幼稚園でりょたは友達を突飛ばして、先生に少しきつめに叱られたそうです。

叱られたりょたは泣いて、でもきちんとごめんなさいを言えたと聞きました。


あー…私のイライラがりょたを神経質にさせてしまったのかも…


帰ってきたりょたは、ひどく神経質で、お昼に大好きなやきそばを拒否し、ラーメンが食べたいとごね。

出してあげれば、付け合わせの海苔しか食べず。

いつもだったら、台所は危ないから向こうで遊ぼうと言えばきくのに、遊びたがり、そーぴーには遊びという名の八つ当たりで泣かせ。

しっちゃかめっちゃか。

今はふて寝中です。。。



私はこうしてブログに書いたり、ダンナに愚痴ったりしてストレス発散できるけど、りょたは私に当たるしかない。


家でも怒られ、幼稚園でも怒られていたら、居場所がないものね。


修行が足りません。。


起きたら抱っこして甘えさせてあげよう。


今は辛くとも明けない夜明けはないぞーーー!!



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発達障害の疑い〜療育にいくまで③発達検査

これで最後になります。

◆一回目
risiko.hatenablog.com



◆二回目
risiko.hatenablog.com


区の福祉センターでは、療育に通うまでに3ステップが必要でした。

1.心理士による発達検査
2.言語聴覚士による聞こえの検査
3.医師による検査結果のお知らせ

そして、その結果を用いてそれぞれに合った療育グループに振り分けられます。
希望は出せますが通るかどうかは不明。

希望者が多くて、待機組が多いとのことでした。


さらに、区の福祉センターで行う療育は、総合福祉と言ったらいいのでしょうか。
りょたのように発達に問題を抱えている人だけではなく、体が不自由な人も通う場所でした。

だからこそ余計に私は身構えてしまったのです。


ここに通わせるほど、りょたは重いんだろうか…


予約を入れましたものの、もやもやは続く日々でした。
最初の検査まで、2か月以上あったからかもしれません。

一歩間違えればノイローゼ。

不安で不安で押しつぶられそうでした。



予約の電話の時、りょたの症状を詳しく聞かれ、どこに困り感があるかなど電話をとってくれた保健師さん(だと思う…)が親身に聞いてくれました。

そこでも、アドバイスをいただきました。


「検査まで時間があるので、ごっこ遊びをしてみてください。言葉の発達には、ごっこ遊びがいいですよ」
 

公園遊びが終わって、家に帰るとき、なかなか入らず泣き叫んでいたのも話したところ。


「スケジュールというか、こうしたら次はこれをするっていう見通しがわからないんでしょうね。公園から出るまでに、おうちの写真とか見せて、見通しを立ててみてあげてください」

「後は、出かける前にも、写真を並べて、今日は『公園に行く』『おうちに帰るよ』と見せながら話してみてください。最初はわからなくても、徐々にわかってくるようになってきますよ」



スケジュールに関しては、チャレンジしてみました。
最初は、写真を物珍しそうに見ていて、眺めていました。
時には、離さないときも(苦笑)

何度か、見せるうちに、今日はここへ行こうと写真を見せて行くことができました。
でも、それも、楽しい体験とセットで。
行った先でりょたの楽しいことがあれば行きますが、つまらないと怒って、違う場所へ行きたがりましたが……。


ごっこ遊びは、もうどうしたものか…と悩みました。


当時のりょたは、人形なんてまるで興味なし。
人形はボールか!?と突っ込みたくなるほど、投げてはケタケタ笑ってました。


ごっこ遊びってどうやるの?
教えてグーグル先生…

検索する日々でした。


とある日、早いかも?と思いつつ買ったプラレールで電車のまねっこをしているりょたに、違うプラレールをもって「こんにちは」と話しかけてみました。


これが大当たり!


りょたは、目を輝かせて、じっとプラレールを見つめました。

私は、続けて

「僕、目黒線だよ。君は何線かな?」
「あー、東横線くんだね。こんにちは」

と会話を続けました。

もっと!と目を輝かせるりょたに嬉しくなって何度も何度も同じセリフを繰り返しました。
そのうち、りょたはたどたどしい言葉で、「こんにちは」というと「こんにちは」と返してくれました。


そうか!
人形じゃなくてもいいんだ!

トーマスだって、機関車なのにしゃべるじゃん!

プラレールがしゃべったって、おかしくないじゃん!


本人の興味を広げましょうとかよく育児本に書いてあるけど、こういうことか!と身をもって体験した出来事でした。



発達検査の話なのに、すっかりそれましたが・・・・


とうとう、検査の日が来ました。

発達検査

初めて入る福祉センターにりょたは興味津々。
キョロキョロと周りを見回して、小走り。

検査の5分前に到着したのに、あちこち行きたがるりょたにすでに体力0の私。


最初の発達検査は、電話で話を聞いてくれた保健師さんと、心理士の優しそうは男の先生とで行いました。


私は書くように言われていた成育歴と困りごとが書いてある紙を保健師さんに渡し、それに沿って、話を聞かれました。
りょたは、心理士さんと、検査をしていたのですが、その様子は、話をしていてさっぱりわかりません・・

ただ、男の人が好きなりょたはニコニコと笑顔で、検査を受けていたと思います。
途中何度か、逃亡をしていましたが、呼ばれれば振り向いていました。


何を聞かれたのか書きたいところですが、体力0だった私は、何も覚えておりません。すみません・・・・。


りょたの検査が終わり、最後に心理士さんが、「ジャンプはできますか?」など、体の発達について聞いてきました。
それに答えた後、質問はありますか?と聞かれ、動画について聞きました。


そのころ、りょたは、東横線が大好きで、東横線がただ、到着する動画を見続けてしまっていまいた。
いや、本当にただ、到着して、出発するだけの動画。
5分もしたら私は飽きてしまうのですが、それをずーっと見続けるのです。


ダメだろうな…と思いつつ、気力がなかった私はそれをよしとしまっていました。


「うーん。動画は一方的なコミュニケーションなので、2時間とか、3時間とか見続けない方がいいですが…」


優しい先生は、言葉を濁してそう言いました。

たぶん、色々察してくれてはいたんだと思います。


「りょた君は、自分からの発信は多いけど、こちらの受信はなかなかしてくれないですね」


先生の言葉に、思わず「そうです!そうなんです!」と言ってしまいました。


「療育で、弱い受信する力をつけていきましょう」


そう優しく言われて、その日は終わりました。


聴覚検査


別の日に、聞こえの検査がありました。
右と左にテレビがあり、真ん中には机と椅子があり、りょたは座って検査を受けました。

右と左、交互にテレビが付き、それに振り向くりょた。

最初は好きなテレビが映っているのにニコニコとしてましたが、ブツッと途中で切れるテレビに不安になったのか後ろに見ていた私のところへ来ました。

先生が、膝の上でも構いませんよと言ったので、私の膝の上にのって検査を続けました。

その後は、鼓膜の検査。

耳掃除が大・大・大キライなりょたですが、先生促すとわりとすんなり、耳に器具を入れられました。


その後は、おもちゃを出しての検査?です。


並んだ棒に丸いわっかを入れるおもちゃで、カラフルなわっかが綺麗に並んでいるおもちゃにりょたは食いつきました。
全部、キレイに出して満足げなりょた。
その時、先生が出したわっかをもとに戻しました。

やりたがったりょたは手を伸ばすのですが、先生はさっともっていたわっかを隠し

「ちょうだい」

と一言。


いつもだったらすぐに欲しいものをもらえていたりょたは、戸惑いました。
先生へ手を伸ばして「あー!」と声を出します。

それを何度か繰り返した後、ついにりょた爆発!


おもちゃを抱えて部屋の隅へ逃走しました。


思わず駆け寄った私に先生は制しました。

そして、一人で遊ぶりょたを見つめながら、哀しい気持ちがこみ上げてきました。


先生は私に優しく話かけました。


「今はまだ、言葉を出すっていうよりも、『音を出している段階』だと思います。言っている言葉を聞き取ろうとするのでは、なく同じテンションを上げれば今はいいですよ。言葉を促すなら、りょた君の立場になって、声掛けをするのがいいですよ」


「気持ちを受け止めてもらっているという力が弱いです。だから、不満ばかりたまってしまうので、切り替えが難しくてかんしゃくにつながる」


「きっとご両親が受け止めすぎている。察してやってしまうので、コミュニケーションの力が伸び悩む。どこまで彼を受け止めるかは、療育で一緒に学んでいきましょう」


先生と話している間、おもちゃに飽きたりょたは、私のカバンの中身をあさりはじめました。
うわーーー!と思いながらも、飽きるまではと見つめていたら

先生「ああいうのも触るまえに一回止まらせて、『触っていい?』というのがいいですよ」


そう教えてくれて、その日は終わりました。


夜、ダンナにその出来事を話すと


「そりゃ、怒るにきまっているよ。りょたからすれば、いじわるされたようなもんだしな」


と言われ、確かにそうだ…と思ったのを覚えています。



医師の検査

医師の検査は、発達検査の結果とその詳細を教えてくれるものでした。

検査年齢:2.4歳

結果は、DQ75。
生活年齢2.5歳
発達年齢1.10歳

言語・社会性(言葉を聞いて理解する力)が特に遅れていて、1.8歳でした。

紙を見た時、一瞬、頭が真っ白になりました。
それと同時に思ったのです。


ああ、やっぱり遅れてるんだ・・


先生におそるおそる聞きました。


「りょたは、発達障害なのでしょうか?」


キリッとした感じの女性の先生は答えました。


「今の段階ではなんとも言えません。このデーターも参考までに見ていてください。というのも、0歳から6歳は爆発的に伸びる時期で、伸び方は個々に違います。だから、これから伸びる時期がくるかと思います。」


先生はさらに熱く続けました。


発達障害っていいますけど、私はその言葉好きじゃないんです。特性の一つだと思っています。東大生のIQっていくつか知っていますか?120ですよ。平均が100なので、その子たちは、はみ出してしまうんです。じゃあ、その子たちは障害者ですか?違いますよね?おかしな話です」

まくしたてる先生に、思わず笑ってしまいました。

そしてりょたを見つめて、続けました。
ちょうどりょたは、保育士さんと遊んでいて、長い棒のようなものを目の近くで見て遊んでいました。


「横目で見ていますね。ああやって目に近づけるほうが、ダイナミックに見えて、刺激的なんです」


さらに、カタカタおもちゃをして、カタカタとするおもちゃに喜んでぴょんぴょんはねるりょたを見て

「あの喜び方もそうですね。体全体で脳に刺激を送っているんです。りょた君は歩きますか?」

「歩きますけど、ほとんど走ってます」

「きっと、体幹が弱いんでしょうね。姿勢を保ってられずに、走った方が楽なんです」


なんと、走った方が楽とな!?


りょたの不思議な行動を一つ一つ解説してくれて、目が覚める思いでした。


「運動をした方がいいですね。感覚統合かな?療育で決めていきましょう」


検査が終わり、建物を後にした後、なんとなくスッキリした気持ちでいました。



ダンナに気にしすぎじゃない?と言われ続けてきて、そうかもとグラグラしていた自分。
でも、やっぱり、りょたは遅れている。
2歳とは思わずに1歳と思えば、なんとなくしっくりくる。


私のカンは合っていたんだ……


力が抜けました。



一方、ダンナの方がショックが大きかったです。


「こんなに遅れているんだ…」


やっぱり、数字で出されると説得力ありますからね。
しばらく落ち込んで、発達障害の記事とか調べていました。

でも、しばらくしたら


「調べるのはやめた。りょたをりょたとして見れなくなる。俺はりょた自身を見る」

「そうだね」

「療育は大変だろうけど、協力する。今はできることをしよう」


その後、4月から修一で同じ場所で療育を受けることに決まりました。
少人数のグループで、運動したり遊んだりするとのこと。

モヤモヤが晴れて、これから!というときに、まさかの妊娠発覚!!


え?大丈夫か私…?


妊娠生活&療育生活のドタバタの日々が始まりました。



以上で、療育に行くまでのお話しはおしまいです。
長く読んでくださってありがとうございます。


あくまで我が家の結果ですが参考になれば幸いです。


私は発達検査や療育という言葉にビビっていました。
ものすごくハードルが高いもののように感じていました。

そして、わが子が発達障害だったらどうしよう・・・と不安でつぶれそうでした。


もし、もしも・・

同じように不安を抱えている人が見ていましたら、発達検査は怖いところではないと言いたいです。


自分の子供のことを理解できるチャンスの場でした。


検査に行くのは勇気のいることです。
周りに反対されていたら特に。


でも、一歩踏み出すことで私は世界がひらけました。


この文章が、誰かの背中を押せれば、この上なくうれしいです。





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発達障害の疑い〜療育にいくまで②地域の親子教室

前回は、発達障害への疑いを書きましたがその続きです。

◆前回のお話し
risiko.hatenablog.com


仕事はやめた!これからはりょたとたっぷり過ごすんだ!と意気込んでいた私ですが、りょたにしてみれば、私は慰めたり、ご飯をくれる人だけど、遊び相手ではなかったのです。

いつも通り一人で遊び始めたりょたに何かと声をかけますが、りょたは無反応。
もしくは、「僕は今、これをしたいんだ!邪魔しないで!」とばかりに邪険にされる。


児童館に連れていけば、他のお母さんや、児童館員の人ばかりに絡みたがり、母は置いてけぼり。


私はすっかり母としての自信を無くしていました。


くわえて、人見知りが激しい私は、りょたが他のお母さんにどうぞどうぞと何度もおもちゃを渡す姿を見て、「すみません…」としか言えず。


出会うお母さんは、いい人ばかりでにこやかに対応してくれましたが、私はいたたまれなかったのです。

他の人と触れ合ういいきっかけだったにも関わらず、私の足は児童館から遠のき、誰もいないこじんまりとした公園でりょたと過ごす日が続きました。


それでも、他の人に気を使わない、りょたがこちらを少しでも見てくれる外での時間は、心地よかったです。


二人でサラサラと砂場で砂を触ったり、少し広い公園でただひたすら歩き回ったり。


二人っきりの狭い狭い世界でしたが、今思えば、私の宝物でした。



りょたは日に日に私に笑顔を向けることが増えましたが、同時に私が家事をしていると「なんなんなん!」と言って怒ることが増えました。


家事がままならないため、ダンナに相談し、リモコンに興味を持っていたりょた用にボタン式のおもちゃを上げました。


数字が並んだボタン。
押せば楽し気な音楽が流れるおもちゃにりょたはすっかり夢中になりました。

一日中離さず、ボタンを鳴らしては、大音量で音楽を聴く日々。
取り上げると大変。
地団駄を踏んで、暴れました。


そのころ、見続けていたテレビの時間を短くしていたので、無音の部屋の中の陽気な音楽だけが無限ループで流れるというシュールな日々が続きました。


何度もダンナがうるさいとごちっていました(苦笑)



そんな日々でも、児童館のイベントにはたまに顔を出すことがありました。
読みきかせ、わらべ歌を歌ったり、体操したり。
その全てにりょたは、興味をしましませんでした。

周りにあるおもちゃを一人で手に持ち、すみっこで遊ぶ日々。


『他の子は、楽しそうにしているのに…』


りょたへの違和感は増えるばかりでしたが、当時の私は何をどうしていいのかわからず、「療育」という言葉も調べてしっていましたがどうすればそれが受けられるのか、また受けた方がいいのか一人で悩み行動できずにいました。

ただ、一歳半検診の時に、心理士の先生に見てもらって、その時「3か月後にまた見せてください」と言われていたので、その日を迎えました。


心理士の先生は、りょたに一歳半検診の時と同じように
「これはなに?」と、犬のイラストを見せて、質問しました。

1歳9ヵ月のりょたはまたしても無視し、飽きて椅子から逃走・・・。


シートにひろげてあった他のおもちゃに向かって遊び始めました。


まだだめかーと思っていた私ですが、先生が微笑みながら言いました。


「りょたちゃん、一つのおもちゃに集中するようになりましたね。成長してますよ」


その言葉にホッしたのを覚えています。
でも、私の中で、発達障害への疑いはぬぐえず、他の子とは違うこと、癇癪が酷いことを相談しました。


すると、先生が保健師さんにお話ししてくれて地域で親子教室をやるから来ないかと誘われました。

ぜひと参加し、全6回。毎週行われる親子教室に参加しました。


内容は、保育士さんが何名かいて、週ごとに専門家の人が代わり、心理士の先生や、言語聴覚士の方もいました。
他には事務の人やらで、子供の人数よりも大人の人数が多かったです。


時間は1時間半。
その中で、親子で一緒に遊んだり、お返事をする練習をしたり、2回目以降は20分だけ子供から離れて、専門家の人から子供への関わり方のアドバイスを話してくれる時間がありました。
質問もでき、なぜ子供がこんなことをするのか説明してくれたりしていました。


療育に通った今からみれば、療育的なかかわり方が多い教室だったと思います。



同じ年代の子ばかりでしたが、りょたは少し目立った存在でした。
母の膝の上に座ることができなかったりょたは、最初の挨拶でエビぞり拒否。
みんなが落ち着いていく中でも、断固としてエビぞり拒否を最後まで続けていました・・(苦笑)

そして、みんなでシールを張ったりする時間も自分のペースでできない場合は、雄たけびを上げる。

何より、保育士さんや先生たちになつかず、事務の若いお兄さんが大好きで、飛行機をブーンをしてもらったり、お兄さんの持っていたアイパッドを狙ったり、ずーっとなついて遊んでいました。

課題遊びの時も、先生の言葉は拒否するのに、お兄さんが促すとやり始めるという大好きっぷり。
それはその後いく療育先でも見られるのですが、それは後ほど。

それでも、教室に通って少し変化が見られました。

①母の膝の上に、多少座るようになれたこと。
②私やダンナ以外でも手をつなぐことができたこと。
③嫌いな体操も、少しできたこと。

他の子みたいに、「はーい」なんて元気にお返事はできないけど、少しずつできることが増えたのはとても喜ばしいことでした。


でも、たった6回です。
1ヵ月半で終わってしまい、また私は元の生活に戻りました。


児童館へ行っても相変わらず、断固としてやらず、もとに戻ってしまったように見えたりょたに私は途方にまたくれました。


でも、りょたのために、少しでもイベントに行こうと躍起になり、りょたを連れ出していました。


とうとうりょたは、外に出ることを嫌がるようになってしまったのです。
大好きな電車に乗る以外は。


それでも、必死に、イベントに行ってはできないりょたにガッカリする日々。

ダンナの「無理して行くことはないよ。だって、つまんないからやらないんだろ?」という最もな意見も耳に届かず、りょたを無理やり外に出さす日々が続きました。



発達障害かも?でも、そうじゃないかも?
このままでいいのかな?本当に…



モヤモヤする日々に私は疲れきっていました。



そして、1歳半検診の時に見てもらった心理士の先生にまた見てもらう日がきました。

「親子教室がいい刺激になったんじゃないかしら。また集中していられる時間が増えましたね」

またそう言われましたが、今度は私の心に響かなかったです。
私の欲しい言葉じゃなかった。


「このままではよくないよ」ってむしろ言ってほしかったのです。

そうすれば、このモヤモヤから解放されると思ったから。



3回目の相談はどうしますか?と言われ、私は心配なので、相談させてくださいと予約を入れました。



モヤモヤした日々は続きます。
救いだったのが、近くの児童館。

ちょうどその頃、児童館が改装になり、地域のホールを借りて仮オープンしていました。
そのおかげか来る人数も少なく、事務所もなかったので、児童館員の人が積極的に子供にかかわってくれていました。

その一人のすらっとしたお姉さんがりょたは大好きで、いつもいつも遊んでもらっていました。


発達検査を受けた方がいいのかな…


そんな思いを抱えたまま、3回目の心理士の先生との相談の日のことです。


「また、集中している時間が増えましたね」


そうおっしゃってくれました。

もうここに来るのは意味がないのかな…と思った時、先生がパンフレットを差し出しました。


「療育って知っていますか?」


それは、区の福祉センターで行っている療育の案内でした。
発達検査を受け、それを受けて療育内容が変わるという案内。

ただ、通う場所が私の家から遠く電車とバスを乗り継いで2時間近くかかる場所でした。


「あくまで親御さんの希望にそいます。もし、行くを悩むようなら、また三か月後に相談でもいいですし、行くとなれば、ここで相談した内容も、ここのセンターへ伝えますから」


療育。発達検査。


私はその場で行くと伝えました。
そして、ダンナに相談もなく、すぐさまセンターへ電話し、予約をいれたのです。


あとで、これはダンナに怒られました。

「行くのは反対しない。でも事前に相談してもらってもよくない?」

「すみません…」

「りょたは、そこまでできないのかな…。俺、他の子を見る機会もあまりないからわからないけど」

「…………」

「俺が一番心配しているのは、りょた自身のことよりも、お前のことだよ」

「その…発達障害じゃないかって、気にしすぎて純粋にりょたを見れないんじゃないか?それに悩みすぎてお前自身がまいってしまわないか。それが心配だよ。りょたにとっても、お前がまいっちゃう方が問題だろ?」

「そうね…」

「まぁ、行ってみたらいいよ。大変だろうけど、協力はするから」

「ありがとう」



こうして、私は療育の一歩目を進み始めたのでした。



つづく




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発達障害の疑い〜療育にいくまで① 一歳半検診

今回は、過去を振り返って、りょたの発達障害を疑って、療育に行くまでのお話を書きたいと思います。

私がりょたの発達障害を疑ったのは、二年前の3月。
1歳半検診前でした。

その時の絶望のどん底に陥り、検索で発達障害を調べることに憑りつかれました。

その時に一番知りたかったのが

発達障害って何?
どういう場合が疑わしいの?
発達検査って何?
療育って??

とかの情報でした。

もし、この場に同じような気持ちでいる人がいたら…
私の場合ですが書いていきたいと思います。


最初に書いておきますが、
あの時のどん底感は、今はないです。

明けない夜明けはない。

当時は、信じられなかったけど
今は明けない夜明けはないと言い切れます。


それでは、はじまりはじまり。


現在、りょたは3歳7ヶ月。
今年の2月に行った2回目の発達検査では、DQ97と、全体の発達は年相応になっています。
ただ、人の顔から感情を読む力は2歳代
数字を読むのは4歳以上と発達が凸凹しています。


今は私立の幼稚園に通っていてまだ一週間ですが、先生から特別何かを言われるわけでもなくごくごく普通に過ごしています。



こんな日が来るとは…
恐らく、二年前の私は想像していなかったと思います。

二年前の3月、私は絶望のどん底にいました。

りょたが発達障害なんじゃないかと疑っていたからです。


きっかけは、1歳半検診。

母子手帳を見て、指差しがない。発語がないことで、不安にかられ、ネットで調べたときでした。


出てくるキーワードは、発達障害


言葉自体はかかりつけの小児科にポスターが貼っていたので知ってはいましたが、まなさかそれがりょたに当てはまるなんて想像していませんでした。


それから食い入るようにネットを見ては、ダンナに相談しました。

ダンナ「そんな早くから言葉ってしゃべるの?」

私「うーん…どうなんだろうね…」

当時、在宅で仕事をしていた私はりょたを連れて出歩くことも少なく、同年代の子の様子がさっぱりわかりませんでした。

ダンナ「検診を受けてみて、話はそれからじゃない?」

私「そうね…」

もやもやしたまま一歳半検診を迎えました。


結果は散々たるものでした。

・言葉をいわない(言っても私しか理解できない)
・指差ししない
・積み木は積めない
・「これなぁに?」と犬のイラストを指して質問されても、イラストの紙をいじりたがり、できない。

全てが終わり疲れはてた私に保健師さんが

「心理士の先生が来ていますので、みてもらいますか?」

と言われて、部屋のすみこっで、話を聞きました。

心理士の先生は、りょたに「これなぁに?」と質問をしましたが、イラストをよく見たかったりょたは、イラストを奪い、椅子から逃走。

地面にイラストを置き、じっと見つめました。

途方にくれた私にみかねて保健師さんがりょたについてくれて私は心理士の先生と話しました。

その時、ほんの一瞬でしたが、心理士の先生がりょたを見つめる鋭い目。

それが今でも忘れません。


発達障害…その言葉が頭に浮かびました。


心理士の先生はアドバイスを2つしてくれました。

1、言葉が不明瞭だから、なるべく子供が聞き取りやすい赤ちゃん言葉をつかうこと

2、日頃から指差しを意識してつかうこと

指差しの必要性が分かっていなかった私はほとんどりょたに指差しをつかうことがありませんでした。

アドバイスを受け、ふらふらと途方に暮れながら帰りました。

ダンナにも報告しましたが、「そんなにみんなできるの?」と首をかしげるばかりで、私の不安感は伝わらなかったです。

でも、その日を境に、りょたへもっと意識を向けるようになりました。

思えばりょたが一歳から始めた在宅の仕事は元々、育休をとっていた会社の復職でした。

ただ、在宅へのノウハウがなく、私が1号という中で、体制もままならず、常に仕事に追われている状況でした。

りょたには最低限のお世話しかできず、仕事と、りょたの泣きの強さにイライラするだけの日々。

ダンナにも散々愚痴っていました。


可愛い盛りの一歳代のりょたに私は何もしてこなかったのです。何も。


これではいかん!と思った私は課長にチーム長がなんだかしらないが連絡が取りづらくて納期が差し迫って困る!なんとかせい!と直談判し、りょたと過ごす時間を確保しました。


そして毎日、外に連れだし、ベビカーをやめて、エルゴで抱っこし、指差ししながら、りょたに話しかけました。

「かんかんかん。電車だ!」

電車をじいっと見ていたので、踏切や駅前に行っては話しかけました。


最初は無反応だったりょたですが、それから二週間もたたないうちに指差しをしてくれるようになりました。

さらに、投げて遊ぼうとしなかったつみきを出してりょたに積むこと教えました。

今までは、色つきの様々な形のつみきをいっぺんに出して遊ばせていましたが、それだと、りょたは色とりどりのつみきを熱心に一つずつ見つめては、投げているだけでした。

一歳半検診の時に使っていたつみきは、小さいつみきで、四角だけでした。

うちのはそれよりも大きいサイズでしたが、四角だけをだして、積ませて見ました。

一週間後にはこちらもできるようになりました。

言葉については、なかなか伸びなかったのですが、絵本を出しては読むようにしました。

読むといってもりょたはページをめくるのが好きで、しかもパラパラと早くめくるので、読み聞かせなんてできません。

しかたなく「パラパラ。はやいはやい」と言ってみたり、りょたがじぃっと見ている瞬間に「りんご。りんごだね」と、声がけをしました。

タイミングが合わず、難しい時がほとんどでしたが、指差したりして聞かせようま必死でした。


そして、私は4月に仕事をやめました。
在宅含め10年続けた仕事。

未練は正直ありましたが、今はりょたと一緒にいようと決めました。


仕事をやめた効果はすぐ出ました。
仕事をやっていた時、ダンナが帰って来るとりょたはドアの開く音に驚いて、私にしがみついて離れませんでした。

でも、仕事をやめたその日から、怖がることはなくなり、ダンナを玄関まで迎えに行ったのです。


これには、ダンナが一番喜んでいました(^^)


仕事をやめ、さぁ、りょたと向き合うモードにはなりましたが、発達検査を経て療育に行くまでにさらに一年の歳月を要しました。

つづく





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孤独のグルメ好きな3歳

孤独のグルメシーズン6がはじまりましまたね。

我が家では、シーズン1~5までの話はもちろん。スペシャル版も揃っています。

私もダンナも好きなのですが、長男りょたも大・大・大好きです。

言葉をあまり話さなかった2歳の頃から食い入るようにみていました。


アンパンマンとか、トーマスとか、いわゆる子供が好きな王道をいかず、井頭五郎を愛する2歳児。


ピークの時には、テレビを見るならゴローさん。好きな回をじぃっと見つめていました。

3歳を過ぎ、少しずつ話せるようになったりょたが好きになったごっこ遊びは、なりきりゴローさん遊び。

好きな回の注文シーンを再現。

最初はゴローさん役だったりょたも、私やダンナが店の人役をやってみせていくうちに、その役をやったり、時には世話しなく厨房役をやったり。


お店の人役は、メニューを渡すのですが、ダンナが画像入りのフルカラーメニューを作ってくれて、それを大喜びで持っては「こちらメニューです」とキリッとした顔で渡してくれています。

ゴローさんがお箸で食べていれば、同じような木の箸を使いたがり、まねっこをしています。


食事中に見ようものなら、テレビに合わせて水を飲むタイミング、セリフを言うタイミング、ふぅと一息つくタイミングまで一緒!


「このキノコ汁とろーりとうまい」


と、ただのエノキのみ味噌汁を飲んではつぶやくので、

「いや、えのきの味噌汁だよ」

と、つっこむのですが、聞いちゃいません(+_+)


ぐずった時もゴローさんを見せると機嫌が直るのでゴロー様様です。


ゴローさん好きなお子さんがいたらぜひ、オトモダチになってください(^^)




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幼稚園では別人?

家でのりょたは、とにかくずーっと声を出しています。

一緒に遊ぶときもありますが
私が家事やそーぴーのお世話に追われているときは、一人で歌ったり、電車のマネをしています。


マネと言っても、ガタンゴトンとか、可愛いものではなく、リアルなもの!


ホームドアの閉まる音やら、出発するときの音やら、キーっとブレーキがかかって止まる音やら、とにかくリアル。


自分の好きな世界に終始ひたっているので、こちらの声は届きにくいです。


あまりに声が届かないので私がイライラすることもしょっちゅう。


しかも、まだオムツです。
トイレを拒否するので、途方に暮れていました。


な・の・に…


先生「りょたちゃん、トイレに行こうねって言えば行きますよ」


え?(・・;))


先生「座ってお話も聞けてますよ」


えええええ!



それ、本当にりょたですか?と思わず言いそうになりました。



通っている幼稚園は、プレとかに行っていなくて、慣れに遊びに行ったのは一回のみ。


りょたにとって慣れてにいない環境です。



どうした!急にお兄ちゃんになったぞ!



と、変化に戸惑っていましたが、ダンナ曰く


「空気にのまれてるんじゃないか?」

「それに、男だからな。俺もできるってプライドがあるから、やるんじゃないの?」

と、いってました。



うーん。そういうものか。


トイレに行けるということで、家でも試しましたが、得意のえびぞり、暴れて拒否!


まだ、成功しておりません。。。

なにか幼稚園のトイレは家と違うのでりょたが行きたがるポイントがあるのかも。

先生に聞いてみたいと思います。



朝と帰りにごねるものの
思った以上に幼稚園生活を頑張れています。


正直、もっと泣いて拒否するかと思ってました。

なぜかなと考えていたら
二月に受けた発達検査で、先生に言われたことを思い出しました。


「早く集団に入れた方がいい」

「この子はパターンで覚えるのが得意な子。色々な人を見て、会話を聞いて様々なパターンを覚えていくといいです」


制服を来たら幼稚園に行く。
先生が座ろうねって言ったら座る。
トイレにいこうねって言われたら行く。

決まったことが多い幼稚園での生活。


そのパターンをりょたは必死に守っているのかもしれません。


やりたい、やりたくないに関わらず。



もう付き添って色々してやることはできないので、せめて、家にいるときはリラックスできるように、みまもりたいと思います。





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